滝谷ドーム中央稜:ナメててすみません!初めてのアルパインクライミング

山行日:2025年8月1日(金)~3日(日)
今回のクライミング
今シーズンからトラッド・マルチピッチのクライミングを始め、まだ初心者の域は出ないものの、最低限の知識・技術は身に付いたと思う。
そんな時、師匠のゆきりんから、「きいさん、アルパインクライミングに行ってみない?」というお誘いが。
アルプスなどの高標高帯で、ロープを使ったクライミングをしている人達がいるのは知っていた。これまで僕が行ったことがあるのは、概ねアプローチが1時間以内のクライミングエリアで、いわゆる「ゲレンデ」に分類されるようだ。
行き先は、北穂高岳周辺にある滝谷。「鳥も通わぬ」とか、「岩の墓場」と呼ばれている場所だ。
まだフリークライミングを始める前、登山にハマっていた頃、足繁く通った槍・穂高連峰。初めてのアルパインクライミングが、当時は眺める対象でしかなかった滝谷というのは感慨深かった。
計画
ゆきりんもアルパインクライミングは初めて。2人で調べて話し合い、少しずつ計画を立てていった。
クライミングルート
一口に滝谷と言っても、色々なクライミングルートがあるようだが、「ドーム中央稜」が一番人気らしい。
傾斜がありながらも、弱点を突いたルートで登り易く、(滝谷の中では)岩も安定しているらしい。ということで、お目当てのルートはあっさり決定した。
なお、滝谷ドームには、北壁や西壁にもルートが引かれている。ドーム中央稜と継続登攀するパーティも多いようだ。
しかし、Ⅳ級、Ⅴ級といった見慣れないものの簡単そうなグレードが付いているドーム中央稜に対し、他のルートは5.10aといった、慣れ親しんだグレードが付いてる。
さらにブログなどで調べてみると、アルパインでは割とあるあるのようだが、5.10aといっても体感では5.10cとか5.10dと書いている人が多い。中央稜に比べ、プロテクション装備もやや増えそうだ。
初めてのアルパインなので、欲張ってはいけない。やや物足りないかもしれない(結果的に全くそんなことはなかったのだが…)が、ドーム中央稜1本に絞ることに。
行程
どこから入山しても、滝谷はそもそもアプローチにそれなりの時間がかかる。2泊3日の行程が一般的なようだ。初日に泊まる場所まで移動し、2日目にクライミング、3日目は帰るだけという行程を組んだ。
涸沢をベースにする人もいるようだが、穂高岳山荘か、北穂高小屋に泊まると、2日目の行動に余裕が持てそうだ。
ゆきりんも僕も、穂高岳山荘での宿泊経験はあるが、北穂高小屋は泊まったことがない。大キレットを通った際、絶景テラスに感動し、一度泊まってみたいと思っていた。
上高地から北穂高小屋までのコースタイムは、涸沢経由で9時間超と、穂高岳山荘(重太郎新道経由で8時間強)よりさらに長い。しかし、滝谷に最も近いため、クライミングを行う2日目の行動はさらに楽になる。早めにクライミングを終えた場合も、絶景テラスでのんびりするのが楽しみだ。
クライミング装備を背負っての初日の登りに多少不安はあったが、北穂高小屋に泊まることにした。
時期は梅雨明けで天候が安定しそうな8月上旬をチョイス。北穂高小屋は、宿泊日の1ヵ月前から電話での予約受付開始。運良く小屋争奪戦に勝利し、2泊する権利を手に入れた。
装備
基本的には普段のマルチと同じだが、上で書いた通り、今回は下手すると初日のアプローチが核心になりかねない。毎週のように登山をしていた頃ならまだしも、最近はフリークライミングばかりで、いつもアプローチは30分程度。
ということで、できる限り軽量化を優先。まず、カラビナ×2+スリングのアルパインヌンチャクだが、カラビナは基本1枚とし、両手が放せる場面では、ガースヒッチでプロテクションを取ることに。
また、ルート中にそれほどシビアなホールディングは出てこないことを想定し、チョークバッグも置いて行くことにした。
一方、アクシデントが遭難事故に繋がり得る場所でもある。懸垂下降時のバックアップ用のプルージックや、万が一のための登り返し用装備は準備した。
こうして、水と食料を除いたザックの重さは13.8kgになった。今はテント泊装備の登山に出掛けても、もう少し軽くなるだろう。
そう考えると、テン泊でアルパインクライミングに行っている人達は、ホントにすごいと思う…。
山行記録
Day 1
東京北西部の自宅を、深夜2時に出発。登山をやっていた頃は普通だったが、最近はフリークライミングばかりだったので、久しぶりの出発時間だ。
松本のコンビニで買い出しし、朝5時過ぎに沢渡到着。平日ということもあり、駐車場には結構余裕がある。

5:30頃の臨時便バスに乗って上高地へ。予定通り、6時頃に歩き出すことができそうだ。


今日は長い歩きの1日。平坦はできるだけペースを上げ、後半の登りに貯金を作る。
上高地から、順調に明神館→徳沢→横尾。ほぼ等間隔かなと思ってたけど、徳沢~横尾間が長く感じる。あと、徳沢のトイレがデパートのトイレみたいに綺麗になってた。

本谷橋でタオルを冷やして首にあてる。ここから緩やかな登りだ。

涸沢に着く頃には、すでに結構疲れた。それにしてもこの日は、お昼頃になってもまったくガスが湧かず、夏山にしては珍しいほど天気が安定している。

涸沢小屋で長めの休憩を取り、北穂南稜へ。ここからはそれなりの急登で、暑さとの戦いでもあった。。。


そして15時前、ようやく北穂登頂!朝6時頃に上高地を出発して9時間弱。クライミング装備を背負い、休憩はゆっくり取りつつも、良いペースで上がってこれた。
さすがにこの時間になると、山頂はかなりガスってしまっていた。

小屋の受付けを済ませ、テラスでのんびりしていると、何やら慌ただしい様子。大キレットで立ち往生してしまったという外国人2人組を連れて、救助隊員の方が小屋まで上がってきた。
流暢な英語でその2人組に声をかけている。その姿はホントに頼もしかったし、とてもカッコ良かった。
するとその隊員の方が我々に対し、「あれ、先日小川山でお会いしたお2人じゃないですか?」と言う。
確かにその顔には見覚えが!僕が小川山レイバックにトライした日、同ルートでクラック講習をされていたガイドさんだ。
改めてお名前を聞くと、井坂道彦さんという方で、山岳ガイドやクライミングガイドをする一方、救助隊員としても活動されているそう。

ちなみに、涸沢の常駐小屋から大キレットの現場まで、たったの1時間20分で上がって来たらしい。。。
上のプロフィールページを見てもわかる通り、ショートルートのスポート・トラッドどちらも強く、山でも歩けて登れる。おまけにイケメンという、とにかくナイスガイなのです。
翌日、滝谷ドーム中央稜を登る予定であることを伝えると、「そのルートの新しいボルトは、僕が打ち替えたものなんですよ」と井坂さん。偶然の再会も嬉しかったが、顔見知りの方が打ったボルトを使って登るというのは、なんだか感慨深かった。
17:45、小屋の夕食。品数豊富な上、どれもしっかり作られていて、標高3,106mの場所とは思えないクオリティーだった。


先ほどまで景色はあまり見えなかったが、日の入りが近づくとガスが晴れてきた。

翌日に備え、クライミング装備のパッキングをして就寝。
Day 2
いよいよ滝谷クライミングの日。天気は穏やかで、少なくとも午前中は崩れる心配はなさそうだ。


朝食は5時から。行程を考えると、時間的にはそれほど急ぐ必要はない。明け方は結構寒かったこともあり、ゆっくり準備してから6時頃に小屋を出発。
アプローチ
まずは奥穂へと続く一般縦走路を歩いて行く。

ドームの頭付近には、同じくこれから滝谷を登ろうとしていると思われる、別パーティーの姿が。


縦走路はドームの頭を通らず、左から巻いている。小さい「ドーム」と書かれた標識があるので、そこから少し上がったところでハーネス装着。小屋からは30分くらいだった。
ここに不要なものはデポし、レインカバーを被せておいた。

少し下ったところで、一般縦走路から外れる。ここはよく言われている通り、北穂から奥穂方面へ向かう際の最初の鎖場になるので、あまり見落とす心配はないと思う。

当たり前だが、縦走路から外れると浮石が増えるので慎重に。
あとから知ったのだが、ドーム中央稜へのアプローチで迷うパターンとして、右に行き過ぎてしまう場合が多いらしい。

我々も踏み跡を追い、上の写真の黄色矢印のように進んだところ、ノープロで下りるには怖過ぎる場所に出てしまった。
少し戻ったところから下りて行くと、ケルンなども見つかって一安心。


簡単なクライムダウンも出てくるが、北鎌とか歩いたことあれば特に問題ない。僕はまだアプローチシューズのまま。

踏み跡を追いかけながら、右方向に下りて行く。

すると、こちらも下調べでよく目にした、懸垂ポイントの目印となるチムニーが見つかった。

最初少し迷ったが、無事に懸垂支点が見つかり一安心。井坂さんが打ったハンガーボルトはまだピカピカだった。
ちなみに、登山道を逸れてからここまで約45分。ルーファイしながらだったので、結構時間がかかった。

20mくらい?の懸垂下降。ロープが岩溝にスタックしてしまったのか、降り立った後、しばらくロープが抜けなくて焦った。
また、懸念していたアプローチをほぼ終えて気が抜けたのか、懸垂後に僕がATCを落とすイージーミス!幸い、20mほど下の斜面で止まって回収できたが、これはいただけない。

あとは踏み跡に沿って少し上がって行くと、1p目の取り付きに辿り着く。

1p目(Ⅴ-級)
1p目の取り付きへ到着すると、なんと5人待ち!

これは想定外。陽が当たらず、風が吹いて寒い。
薄手のダウンジャケットを持ってくれば良かった…。レインジャケットくらいしかないので、なるべく風の当たらないところに移動して待機。
幸い、皆さん経験豊富な方々だったようで、1時間くらいで順番が回ってきた。

登り始めは、右側の凹角、左側の階段状、どちらでもいけそうだったが、我々はより簡単そうな後者をチョイス。
途中からチムニーに入る。僕はフォローだったので、ここはハーネスにザックをぶら下げて登った。
最後までチムニーの中を登ることもできるようだが、我々は途中からチムニーを出てフェイスを登った。
大きなチョックストーンを越えたところが2p目のビレイポイント。
2p目(Ⅴ級)
出だしは易しいフェイス。一旦テラスに出て、ここからカンテラインを登って行く。
カンテの右に出たり左に出たり、ライン取りが難しい。ここはかなり高度感があり、クライミングの難易度以上に緊張する。
最後はカンテの左に行くとスラブ、右はハーケンが連打されたフェイスになっている。いずれにしても、ここが核心のようだ。
どちらに行こうか迷っていると、上にいた先行パーティーが、「そこはスラブだよ!」と声をかけてくれた。
一瞬、「ホールド何もないじゃん!」と思ったが、よく見たら必要最低限ながら明確なスタンスがあった。
スラブを越えてすぐのところにハンガーボルトの支点あり。
3p目(Ⅰ級)

ここは基本的に歩きのピッチ。大きな岩が重なり合った部分で、少しだけ気の抜けないパートがあるが、まぁ問題ない。
一応カムでプロテクションが取れる。ロープを付けていく場合、そのまま4p目の取り付きまで行ってしまうと、ロープの流れがえらいことになりそう。
上の写真の大岩を越えたところで、肩がらみかカムでプロテクションを取ってビレイするのが無難。
4p目(Ⅳ級)

4p目は、まず取り付きを探すのが難しい。
3p目のビレイポイントから先行パーティーが見えたので、なんとなく登るラインはイメージしていた。しかし、いざ現場に行ってみると、自分達が今どのあたりにいるのかわかりづらい。
ハンガーボルトの支点は見当たらなかったが、数人が安定して立てるくらいのテラスがあり、そこから左上する凹角にハーケンが続いている。
恐らくここだろうと思い、ゆきりんがリードで登り始める。

しかし、どうも様子がおかしい。ビレイポイントからは見えないが、ゆきりんによると、明らかに難し過ぎるチムニーに行き当たってしまったらしい。
そこでビレイ中の僕が周りを見渡すと、本来の4p目の取り付きと思われる場所に、ピカピカのハンガーボルトが!

しかし、今さらどうにもならないので、ゆきりんは緊張感のあるチムニーを突破。
しかも、登り始める前に一部カムを受け渡すのを忘れており、プロテクションが制限された状態でのクライミングをさせてしまった。反省。
続いて僕がフォローで登る。ゆきりんが登ったチムニーを見上げるが、僕にはかなりハードルが高そう。
右にトラバースし、左カンテがあるフェイスを登ったが、ここも簡単ではなかった。
なんとかゆきりんがビレイしているテラスへ。しかし、支点は新しいハンガーボルトではなく、古いハーケンだ。
数手ではあるが、外傾したカチがあるフェイスを越えると、水平移動した先にピカピカのハンガーボルト。ようやく本来の終了点に辿り着いた。
5p目(Ⅴ級)

しばらくはガバガバの左上する凹角を上がって行く。傾斜も緩いため、残置ハーケンも少ないが、カムを使ってプロテクションが取れる。
最後の核心は、ハングを越えて左上クラックを登るラインと、右からスラブを抜けるラインの2種類がある。
ここは事前にある程度決めていたが、無難に比較的簡単そうな右のスラブをチョイス。しかし、こちらもスラブに入る直前で、レイバックの体勢に入るところが少し悪い。
スラブを越えたところにハンガーボルトあり。
昼頃からガスが湧き始め、終盤は少し雨もパラついたが、なんとか登り切ることができた。
10時頃から登攀開始し、14時頃にドームの頭へ。ルートファインディングで迷ったこともあり、思っていたより時間がかかった。

登山道への復帰
最終ピッチを終えたところでロープを束ねる。
ドームの頭は双耳峰のようになっていて、最終ピッチの終了点は、低い方のピークにあるようだ。
両ピークのコルから下りていく踏み跡があるが、これは間違いだと思う。簡単なアスレチックで高い方のピークへ。ここから下りて行くと、縦走路に復帰できる。
北穂高小屋へ戻る
デポしておいた荷物を回収し、朝歩いてきた縦走路を戻る。段々と雨が強まってきた。
朝は晴れているのに、必ずと言っていいほど午後には天気が崩れる。夏山とはそういうものなのだ。デポした荷物が濡れないようにしておいて良かった。
15時頃に小屋へ到着。乾燥室で濡れたギアを乾かす。
夕食までの間、少し横になったら2人とも寝てしまった。初めてのアルパイン・クライミングで、知らない内にかなり気を張っていたようだ。
気持ちに余裕がなかったため、水分補給も疎かになり、ちょっと脱水気味。小屋でたくさん水を飲んで、夕食をしっかり食べたら回復した。
山小屋での連泊は初めて。色々と反省点はあったが、なんとか登り切れてホッとした気持ちで、北穂高小屋2泊目の夜をのんびりと過ごした。
Day 3
上高地に下りるだけの最終日。朝は今日も晴れている。


6:20頃、2泊した北穂高小屋を出発。食事も美味しく、食堂のスピーカーからは優雅な音楽が流れ、スタッフさんはとても気さく。素晴らしい山小屋だった。

快調なペースで南稜を下っていく。

小屋から1時間半ほどで涸沢。絶景もこのあたりで見納め。

初日の夜に北穂高小屋でお会いした、山岳救助隊員の井坂さん。横尾の手前でちょうどすれ違い、完登の報告と、ハンガーボルトのお礼を伝えることができた。
徳澤では、帰りの楽しみにしていたコーヒーソフト。シナモンパウダーが入っていて、とてもおいしかった。冷たくて疲れた体にしみる。

12:15頃、上高地に到着。下りは6時間弱だった。クライミング装備を背負っていたことを考えると上出来。

この時間からすでに沢渡行きのバス乗り場には列が。臨時便が出ていて、幸い20分ほどで乗れた。
梓湖畔の湯で3日分の汗を流し、せきやで蕎麦とかつ丼を食べて帰宅。
ふりかえり
はじめてのアルパインクライミング。
計画初期の段階では、ドーム中央稜に加えて継続登攀も考えていたが、結果的に全くそんな余裕はなかった。
まずは取り付きへのアプローチで苦労したし、ルート中もルーファイがとにかく難しかった。
ライン取りを間違えなければ、クライミング自体はそれほど難しいものではない。実際、プロテクションを取る時も、ほとんどの場面で両手が使えた。
しかし、経験したことのない高度感の中でのクライミングは、独特の緊張感があった。また、滝谷の中では岩質が安定していると言われるドーム中央稜だが、小川山などのマルチと比べると圧倒的に不安定で、浮石にも神経を使った。
そんな中、普段しないようなミスもしてしまったが、まずは無事に登れて良かったと思う。
クライミングの内容としては、チムニー、フェイス、カンテ、スラブ、クラックとまさに全部入り。どのピッチも簡単過ぎず、登り応えがあった。
約15kgの荷物を背負い、9時間のアプローチ。しかし、標高3,000mの絶景の中でのクライミングは、素晴らしい体験だった。