2回目の北鎌尾根、そして地震
この記事は、2021年9月に行った、槍ヶ岳・北鎌尾根での山行について書いたものです。
今回の山行について
ちょうどこの山行の1年前、初めて北鎌尾根から槍ヶ岳に登った(以下の記事参照)。
↑の記事の中でも書いているけど、この北鎌尾根初挑戦のきっかけが、西穂から奥穂への縦走だった。西穂山荘で同部屋だった人達と、縦走後に穂高岳山荘で喜びを分かち合った良い思い出だ。
実はこの時の人達とは、その後もLINEグループでのやり取りが続いていて、お互いの山行についてよく報告し合っていた。
西穂~奥穂縦走から、わずか2週間後の北鎌挑戦にはさすがに驚かれたが、登頂後にはお祝いのメッセージをいただいた。
翌年の5月、LINEグループの1人、ハギワラさんから連絡があった。
「きいさん、LINEグループのメンバーで北鎌に行かない?」
前年のソロでの北鎌尾根は、反省の多い山行だったが、このルートの魅力はしっかりと胸に刻み込まれていた。いつかまた行きたいと思っていた中でのお誘い。2つ返事でOKした。
同じくLINEグループのタイさんも加わり、3人で北鎌へ行くことに。
準備と計画
前回はわずか2週間で大急ぎの準備だったが、今回は5月から3人で計画を開始。9月の敬老の日の三連休に有休を1日加え、3泊4日で北鎌へ行くことにした。
ここでは主に、前回の山行からの変更点について記載。
装備
軽量化
前年の初北鎌のタイミングでザックなどを新調し、突貫工事で軽量化したけど、それでもまだ13kgくらいあった。
それから約1年。さらに少しずつ軽量化を進め、今回は10kgくらいに。
↓で書いているテントなど、いくつか買い替えた物もあるけど、今まで余分な物を持ち過ぎていたことに気付いた。
テント
北鎌尾根の山行では、北鎌沢出合い、あるいは尾根上のどこかで1泊するのが一般的な行程だ。今回も1回目と同様に、尾根上でビバークすることにした。
3人で一張りにした方が、パーティとしてトータルの装備は減らせるが、尾根上で大きなテントを張れる場所はあまりない。そのため、テントは1人1張とした。
さらに、テントはコンパクトであればある程、幕営場所の選択肢が増える。
これまで使っていたのは、MSRのダブルウォールテント。1回目の北鎌では、4連休で人が多かったこともあり、ビバークポイントを見つけるのに苦労した。そこで、もう少しコンパクトなものを新たに購入することに。
チョイスしたのは、ヘリテイジのクロスオーバードーム。テントとツエルトの中間的な存在だ。
シューズ
前回はアイゼンが取り付けられるような、いわゆる3シーズン用のアルパインブーツ。しかし、北鎌は思ったほど登攀要素はなかった。
また、ここ1年で自然の岩場でのフリークライミングを覚え、かなり登攀技術は向上した。
そこで、今回は歩きやすいトレランシューズで行くことに。
北鎌尾根は、そもそも尾根に取り付くまでに、かなり長い距離を歩くことになる。確かに、つま先のクライミングゾーンが欲しくなるところもあるけど、行程の99%くらいはトレランシューズの方が適していると思う。
実際に、前回の北鎌でもトレランシューズの人は結構いた。
ロープ
前回はソロだったし、ロープは持って行かなかった。
今回はメンバーのうち、タイさんはそれほど岩場の登り下りが得意ではないとのこと。念のため、お助けヒモとして、10mくらいだけロープ(細引き)を持って行くことにした。
行程
前回は山中で3泊4日の行程だったが、3泊目は横尾まで下りてくることが出来た。
今回はハギワラさんからの提案で、3日目に頑張って上高地まで下りて来て、山小屋ではなくアルペンホテル(ハイカーズルーム)に泊まることに。お風呂にも入れるし、美味しい料理も食べられる。
1泊目もリッチ?にババ平ではなく、槍沢ロッヂに泊まることになった。
なお、前回は2日目に天狗の腰掛でビバークしたが、3日目の行程を考えると出来るだけ先まで進みたい。北鎌平でビバーク出来るとベストだろう。
上高地→槍沢ロッヂ
槍沢ロッヂ→水俣乗越→北鎌沢出合→北鎌のコル→天狗の腰掛→独標→北鎌平(ビバーク)
北鎌平→槍ヶ岳山頂→上高地アルペンホテル
車で帰るだけ
山行記録
ルートについては、基本的に前回の山行をトレースした。詳しくは以下の記事参照。
Day 1
今回の山行は、直前まで中止にするかどうか迷いに迷った。
というのも、台風から変わった温帯低気圧の影響により、Day2(日曜)にかなりの雨と風が予想されていたからだ。しかし、このような場合はえてして予報も変わりやすい。
直前になっていくらか好転し、大荒れという感じではなくなった。前日金曜の槍沢ロッヂのブログにも、この時の天気について詳しく書かれている。
さらに、当日土曜の槍沢ロッヂのブログのタイトル通り、出発のタイミングでは台風の影響はさほどないという予報に。
とはいえ、場所は北鎌尾根。尾根上でもし天気が荒れたら目も当てられない。北鎌沢の登りでは増水のリスクもあるし、決してムリはできない。
とりあえず、初日は予定通り槍沢ロッヂに泊まり、そこでどうするか相談することに。最悪翌日は停滞し、一般ルートで遊んで帰ってもいい。
平日ということもあり、沢渡駐車場は空いている。
この日は各々好きなタイミングで入山し、槍沢ロッヂで合流する予定。僕は10時頃に上高地を出発。
もう少しゆっくりでもいいんだけど、夕方から雨が降る予報だったので、それまでにロッヂへ到着したかったのだ。
なんとか雨が降り出す前に小屋入り。この日は平日だったので空いている。ハギワラさん、タイさんとの1年振りの再会を喜んだ。
さて、メンバーと合流したところで、翌日以降の予定について相談開始。
最新の予報では、この日の夜から翌日曜の午前中にかけて雨、午後からは止む予報になっている。雨量に関しては、北鎌沢の増水が心配になるほどではなさそう。登頂予定の月曜は、台風一過の快晴になりそうだ。
懸念としては、北鎌沢と尾根に上がってからしばらくの間、岩が濡れた状態での登りになること。
月曜は登頂後に上高地まで下りる長丁場となるため、日曜は早朝に出発し、なるべく行けるところまで(できれば北鎌平でビバーク)行こうと話していた。しかし、岩が濡れた状態で、シビアな場所の通過は避けたい。
そこで、少し計画を変更。日曜は雨が弱まるのを待ってゆっくり目に出発し、北鎌尾根独標の手前でビバーク。こうすることで、難易度が増してくる独標以降のルートを、快晴予報の月曜に歩く作戦だ。
その代わり、月曜はかなりの体力勝負になりそうだが、槍ヶ岳山頂まで抜けた後は特に危険はない。上高地まで頑張って歩くだけだ。
一時は中止や一般ルートへの変更も考えたけど、こうして予定通り北鎌尾根へ向かうことに。
Day 2
雨風が弱まるのを待ち、朝はゆっくり6:30過ぎに槍沢ロッヂを出発。とはいえ、この時点ではまだしっかり降っていたので、レインウェア着用でのスタートとなった。
水俣乗越まで順調に進む。この時点で雨は一旦止んでいた。
ロープをくぐると、そこから先はバリエーションルート。基本的には後戻りできない。3人で意思を最終確認し、ロープの向こう側へ。
ハギワラさんとタイさんは、初めての北鎌尾根。ここからは僕が先導する。
最初の数十メートルはザレザレの急斜面。前の人との間隔をあけて慎重に。
徐々に傾斜が落ち、沢幅が広くなってくる。10時過ぎに北鎌沢出合いに到着。少し休憩してから沢登り開始。
天気は霧雨が降ったり止んだり。岩は濡れているので慎重に。
北鎌沢のボルダーセクション。
僕が先に登り、タイさんにはお助けヒモを使いつつ登ってもらう。
前日が雨だったので、沢の水量は豊富。前回は必要以上に下の方で水を補給し、重たいザックを背負っての沢登りだったので、今回は上部で給水。
前回、北鎌沢では散々迷ってタイムロスしてしまったが、その時たくさん写真を撮っておいて良かった。
分岐点を写真で確認しつつ、今回は迷わず歩けた。
順調に北鎌のコルへ到着。さすがにこの天気なので、誰にも会わない。
ここからは稜線歩き。しばらくちょっとしたヤブ漕ぎ。
そろそろ雨は止む予報なんだけど、なかなか天候が回復しない。
雨の中、幕営予定地の独標基部に到着。ここは3~4張分くらいのスペースがある。
テントを張り、濡れた物を乾かしていると、徐々に天気も回復してきた。明日は絶好の登頂日和になりそうだ。
ジェットボイルで北鎌沢の水を温め、アルファ米+レトルト食品のシンプルな夕食。翌日は長丁場のため、量はしっかり食べて早めの就寝。
Day 3
いよいよ槍への登頂日。昨晩は結構冷え込んだけど、しっかり寝られた。
天気はすっかり回復。昨日、雨の中ここまで上がって来た甲斐があった。
下は雲海。絶景が広がっている。
ここは前回、トラバースして死ぬほど怖い思いをしたところ。もちろん今回は尾根上を行く。
今回は問題なく、FIXロープが張られた独標トラバース開始地点に到達。
ここからは僕が撮った写真も交えつつ。
コの字岩。写真に人が入ってると、緊張感があっていいね。
トラバースを終え、稜線を目指して登っていく。草紅葉がいい感じ。
ここで槍とご対面!
ここからはアップダウンの繰り返し。
ザレザレの場所も多いので慎重に。適度に間隔をあけて歩く。
10:30頃、北鎌平に到着。最後の大槍への登りに向けて小休止。
フィナーレが近づいてきた。
お助けロープ出しつつ…
先頭の僕はフリーで。
祠の裏からコンニチワ!
最高の天気の中、槍ヶ岳登頂!前回も快晴ではあったんだけど、頂上でまさかの不審者扱い(詳しくは以下の記事参照)。
今回は無事?、「おめでとう!」の声と拍手で迎えてもらいました。自分達3人で喜び過ぎていて、若干温度差はあったけど。笑
もちろん記念撮影。
やり切ったという表情。
前日が悪天候だったからか、三連休中日なのに割と空いていた。
山荘でカレーライスを食べ、13時頃下山開始。この日の内に上高地まで下りる予定なので、ここからはトレイルランナーのハギワラさんに引っ張ってもらう(走ってはないけど)。
槍ヶ岳山荘から、3時間15分くらいで横尾に到着。タイさん、すでにかなりお疲れ。
さらに1時間ほど歩いて徳沢。僕もさすがにヘトヘト。
徳沢を出て少し経った17:20頃だっただろうか。梓川沿いの道を歩いていると、大型ダンプがすぐ横を通り過ぎたような轟音が。
明神岳の方を見ると、もの凄い土煙が上がっている。かなり大きな規模の崩落だ。
僕たちは早歩きで揺れに気付かなかったが、ようやく地震が起きたことを悟る。
もっともまだこの時は、それほど大きな騒ぎになるとは、夢にも思ってなかったのだが…。
槍ヶ岳山荘から5時間30分、辺りはすでに暗くなった中、ようやく上高地に到着!長時間行動に慣れていない僕は、文字通り足が棒のようだった。
なんとかホテルの夕食にも間に合い、風呂で汗を流してからくつろいでいると、僕の携帯に安曇野警察署から電話が。
最初は全く何の要件か思いつかなかったけど、「北鎌尾根で大きな崩落が発生し、複数の救助要請が入っている」とのこと。槍沢ロッヂに行動計画を書いた紙を提出していたので、それを見て安否確認の連絡だったのだ。
自分達は地震発生前に北鎌を抜け、すでに下山したことを伝える。我々と同じように稜線上でビバークし、この日に登頂したのは、恐らく途中で抜かれた北鎌のコルで泊まったというソロの方のみ。
警察からは、他のパーティーの状況などについて情報提供を求められたが、残念ながら我々から伝えられる情報は特になかった。
翌日も晴れ予報だったため、今日はそれなりの数のパーティーが北鎌に入っているはずだ。心配ではあるが、自分達にはどうしようもない。
不安な思いを抱えながらも、疲労感から深い眠りに落ちた。
Day 4
この日は車で都内の自宅に帰るだけ。
朝から青空が広がっている。北鎌尾根で救助要請をした方たちは、はたして無事なのだろうか。
山行を共にしてくれたハギワラさん、タイさんにお礼と別れを告げて帰途に就く。
昼食を食べるために寄った、ラーメン屋のテレビを眺めていると、なんと北鎌尾根の件が全国ニュースで流れている。
自分達が前日、この場所にいたという実感は全く湧いてこなかったが、わずか1日ずれていたら大変なことになっていた。
軽症者が1名出たそうだが、幸い大きな事故にはならなかった。自力で山頂まで抜けたパーティもいたようだが、複数のパーティがヘリで救助されたとのこと(ちなみに我々がビバークしていた場所がピックアップポイントになった)。
ふりかえり
台風(温帯低気圧)の接近により、直前までどうするか迷いに迷ったが、結果的に2回目の北鎌尾根からの登頂に成功。
前回に続き、登頂日は快晴で、素晴らしい景色の中での登山を楽しんだ。ルートファインディングも上手くいき、今回は危なげない山行だったと思う。先導を僕に託し、信頼してくれた2人に感謝。
一方で、今回はニアミスではあったが、自然の猛威というものを改めて実感させられた。
↓の動画は、地震発生時に北鎌尾根に居合わせた方が撮影されたもの。大きな被害が出なかったのは奇跡的だと思う。皆さん無事で本当に良かった。