海外ツアー

マッターホルン挑戦記:準備編

takusuku

この記事は、2023年9月に行った、マッターホルン登山について書いたものです(全4回のシリーズ)。

はじめての海外登山

社会人になってから登山を初め、国内の色々な山に登った。槍・穂高の主な稜線は踏破し、それなりに自信のようなものも付いた。

一方で、GWなどの長期休暇には、度々海外旅行へ。日本とはまた違った自然に触れたくなり、簡単なトレッキングも。

マウント・クック国立公園でのハイキング(2017年、ニュージーランド)

そうなると、やはり自ずと海外の山にも登ってみたくなる。

しかし、モチベーションが高まっていた2020年、新型コロナウイルスのパンデミックが発生。海外登山はしばらくお預けとなった。

コロナが落ち着いた2023年、思いを実現させることに。

山選び

海外登山に行く心づもりは出来たので、次はどの国のどの山に登ろうかという話になる。

以下の条件で考えてみた。

  1. 日本にはない標高
  2. 岩稜登りの要素
  3. 10日間くらいの日程で登頂可能
  4. それなりにチャレンジングかつ、自分の実力で無理なく登れる難易度

①は特に説明不要だと思う。高い山に登りたいというのは、もはや自然な欲求だ。自分の高所耐性がどの程度なのか、知りたいという興味もあった。

②は好みが分かれるところだけど、僕の場合は日本でも槍・穂高のような、ちょっとした岩稜登りのある山の方が楽しい。「海外といったら岩山でしょ」という勝手なイメージもある。また、2021年からロッククライミングも始めていたので、その成果を発揮したいという思いもあった。

③はいかにも日本人らしい理由だけど、会社員をやりながらそれほど無理なく確保できる期間は、せいぜい10日くらいだろう。

④は当たり前といえば当たり前かもしれない。いくら①~③を満たしても、乗り物で山頂近くまで行くことが出来てしまい、そこからちょっと登ったら登頂というのでは達成感がない。一方で、初めての海外登山ということで、やはり成果は欲しい。

①と③は切り離せない要素だろう。高い山に登るには高度順応といって、目標とする山より少し低い標高で、体を慣らす必要がある。もちろん経験はないが、テレビや本で得た知識から、なんとなく知っている。

富士山の標高が3,776mなので、最低でも4,000m以上の山がいい。一方で、5,000mを超えると、高度順応に日数がかかりそうだ(知らんけど)。

①~④に合致する山は、すぐに思い浮かんだ。スイス・マッターホルン(4,478m)。写真や映像で何度も目にしていて、文句なしにカッコいい山だ。

ちなみに、「見た目が良い山に登りたい」という欲求はほとんどなかった。登っている時は、登っている山の山容は見れないからだ。僕は富士山が大好きだが、富士山が綺麗に見える山を探して登ることはよくあるものの、これまで富士山自体には登ったことがない。

イッテQでイモトも登っていた。登山をしない人でも知っている山だ。登頂したら、周りの人の前でドヤれるのも悪くない。

ネガティブな点も、全くなかった訳ではない。FIXロープなどの人工物が多いイメージがあり、もちろん岩山ではあるのだが、②の面ではややマイナス。

かつてないほど円安の時期だったこともあり、世界一ともいわれるスイス物価も気にかかる。

探せば他にも候補は見つかるかもしれないが、少々マイナス面はあっても、すでにマッターホルンに登りたいという気持ちになっていた。敢えて探してまで、違う山を見つける必要もない。

こうして、登る山はあっさり決まった。

フリー画像

Active Mountain

登る山が決まったら、次はどう登るかだ。どのルートから登るか、ガイドは雇うのか。まずは情報収集だ。

山岳小説などから、「北壁」が有名なことは知っていた。しかし、これは明らかにレベルが違う。となると一般ルートだ。

マッターホルンは、スイスとイタリアの国境にある。イタリア側からも登ることが出来るようだが、スイス側から登る、ヘルンリルートが一般的なようだ。

一般ルートとはいえ、調べてみたところ、基本的にはガイド同行。日本の山岳会などが、ガイドなしでヘルンリ稜から登った記録もあるが、時間切れで登頂できなかったケースも少なくないようだ。岩稜登りの技術はもちろん、ルートファインディングがかなり難しいらしい。

そもそも、アルパイン登山に必要なロープワークなどの知識もほぼ皆無の僕は、ガイド登山一択だ。

北鎌尾根の思い出

ジャンダルムルート(西穂~奥穂)も含め、槍・穂高の主な稜線を踏破した僕は、2020年9月、北鎌尾根へと向かった。あまり深く考えず一人で。結果的に運良く登頂できたが、初めてのバリエーションルートで散々迷い、かなり危険な思いをした。一方で、迷いながらも自分でルートを探したことで、とても充実感があった。マッターホルンもガイドなしで登りたいという思いはゼロではなかったが、北鎌尾根での怖い経験から、実力に合った方法での登頂をしようと思ったのだ。

ガイド登山となれば、一緒に行く仲間を探す必要もない。マイペースな僕は、登山も海外旅行も基本ソロ。今回も当初は一人で行くつもりだった。

しかし、意外なキッカケから、仲間が増えることとなる(後述)。

少し話は変わるが、僕は数年前から、時々スキーのレッスンを受けている。よく参加しているのが、元モーグルのオリンピック選手である、畑中みゆきさんのレッスン。

レッスン以外でも声をかけていただき、畑中さんの仲間と一緒に、バックカントリーへ連れて行ってもらうこともあった。

レッスンの合間に、マッターホルンに登ろうとしていることを、畑中さんに話した時のこと。「私、選手時代にツェルマット(マッターホルン登山の基点となるスイスの街)でトレーニングしてて、住んでたことあるんだよね!」。

さらに、「ツェルマットを拠点にしたActive Mountainという旅行エージェントがあって、そこの代表と知り合いなんだけど、紹介してあげようか?」と。マッターホルン登山も扱っているらしく、現地のガイドや山小屋の手配などを、一括して請け負ってくれるらしい。

願ってもない話だが、正直なところ、最初は少し迷った。これまで、色々な海外の国へ行ったことがあるが、いわゆるツアー旅行の経験がなかったのだ。

事前に行き先について調べ、自分で交通手段や宿を選ぶのは楽しかったし、細かい事は現地に行ってから決めることも少なくない。もちろん多少のトラブルは経験しているが、それも良い思い出になっている。ツアー会社を通さないことで、費用を安く抑えられるというメリットもある。

しかし、本格的な登山ともなると、普通の海外旅行と同じという訳にはいかないだろう。これも何かの縁かなという気持ちもあり、Active Mountainにお願いすることにした。

田村真司さん

Active Mountainの代表。エベレストにも何度も登頂している、経験豊富な山岳ガイド。イッテQ登山部のスイス・アイガー登頂企画にも参加。

仲間の出現

こうして、畑中さんからActive Mountainの田村真司さんを紹介してもらい、やり取りがスタートした。

そんな時、この話を聞きつけた、同じく畑中さんのスキー仲間であるITOさんから「自分も行く!」と連絡が。

僕一人で行くものとばかり思っていたが、突然仲間が増えた。

もっとも、マッターホルンでは現地ガイドとのマンツーマン登山となる。登頂の日は、それぞれ別のガイドと登ることになるが、二人とも登頂しようと誓い合った。

渡航準備

Active Mountainのマッターホルン登山パッケージ(CHF5,080≒¥838,200)には、以下のものが含まれている。

これ以外に準備したものについて記載。

  • 現地での交通費
    • チューリッヒ空港⇔ツェルマットの鉄道
    • ツェルマットの山岳交通(ロープウェーなど)
  • ホテル/山小屋
  • 現地ガイド

渡航期間

2022年の11月から計画を開始。マッターホルンの登山時期としては、概ね7月中旬から9月中旬とのこと。

メインシーズンは8月だが、当然混雑する。費用も高くなるだろう。シーズン序盤や終盤は、降雪のリスクは高くなるものの、比較的空いているらしい。

ITOさんと、お互いの仕事の都合なども考慮し、2023年9月8日~9月19日とすることで決まった。

現地10日間。出入国の移動日がそれぞれ1日ずつで2日間、高度順応&試験登山で3日間、マッターホルン登山が2日間。残りの3日間は、天候が悪かった場合の予備日となる。それほど無理はない日程だろう。

ちなみに、僕が働いている会社では、勤続10年ごとに5日間の休暇がもらえる。2023年度は、ちょうどこの休暇が支給される年だったため、ちょうど良かった。

航空券

2023年6月に購入。ツェルマットへ行くには、チューリッヒへ飛び、そこから鉄道というのが一般的だ。

東京からチューリッヒへは、スイス航空が直行便を運航している(確か毎日ではなかったはず)。ただし、直行便の場合はチューリッヒ到着が遅い時間になるため、その日の内にツェルマットへ行くことはできない。チューリッヒで一泊となる。

価格と所要時間のバランスを見て、行きはオーストリア航空(1回乗り継ぎ)、帰りはスイス航空(直行便)にした。Surpriceで予約し、総額¥224,050。ハイシーズンという訳ではないと思うんだけど、思ったより高かった。

行きのウィーンでの乗り継ぎは夜をまたぐため、Moxy Vienna Airportというトランジットホテルを予約。Agodaで152€(2名1室)。

行き

9/8(金) 11:10 成田

14h15m

9/8(金) 18:25 ウィーン

乗り継ぎ:11h50m(トランジットホテル泊)

9/9(土) 6:15 ウィーン

1h20m

9/9(土) 7:35 チューリッヒ

帰り

9/18(月) 13:00 チューリッヒ

12h45m

9/19(火) 8:45 成田

ロシアのウクライナ侵攻により、現在はロシア上空を迂回するため、日本から欧州へ行くのは時間がかかる。例外として、中国の航空会社は変わらずロシア上空を飛んでいくので、飛行時間が短くて済む。

山岳保険

ガイド登山でマッターホルンに登るためには、山岳保険への加入が必須となる。

僕は田村さんから教えてもらった、Global Rescueという救助保険に加入。7日間のレスキューのみの保険で、139USD。

トレーニング

マッターホルンの標高は4,478m。登頂前日にヘルンリ小屋(3,260m)へ泊まり、翌日に1日で登って下りてくる。

標高差は約1,200m。日帰り登山の標高差としては、それほど難しくはない。しかし、登り始めがすでに北岳(3,193m)より上。いつもと同じペースでは登れないだろう。

以前は毎週のように登山へ出かけていたが、最近は専らフリークライミングに夢中。登攀能力は十分だと思うが、岩場への15分程度のアプローチだけでは、さすがに足腰が心配だ。

スイス渡航が約2ヵ月後に迫った7月上旬、ようやく重い腰を上げる。雲取山での久しぶりの登山では、信じられないくらい筋肉痛になった。

本番でも荷物は軽くてOKとのことだったので、トレラン装備で甲斐駒ヶ岳の黒戸尾根(標高差約2,200m)などにも登った。短期間だったが、かなり足は出来上がった。

残る懸念は、アイゼンでの岩稜歩行。何度か冬の南八ヶ岳などには登っていて、経験がない訳ではないが、最近の冬山は基本BCスキー。

夏でもその気になればトレーニング出来たと思うんだけど、出発直前までクライミングをして遊んでいて、結局やらずじまい。まぁなんとかなるか…。

新型コロナ感染

出発を数週間後に控えた8月後半、最後のトレーニングで、奥穂~西穂を1泊2日で縦走した。

上高地から入山し、初日は重太郎新道を登り、穂高岳山荘に宿泊。翌日、ジャンダルムを越え、西穂へ向かった。

しかし、西穂が近付くにつれてペースが落ちる。なんとか難しいところは抜けたが、自分の体じゃないみたいだ。考えてみると、昨晩から異変は感じていた。みんなが小屋の外でダウンを着ている中、寒がりな僕が、半袖で過ごしていたのだ。

上高地に着く頃には、もうフラフラ。沢渡温泉で汗を流すと、今度は真夏だというのに寒くてブルブル震える。

松本に戻る途中のコンビニで体温計を購入し、熱を測ってみると、なんと39.1℃。稜線上で本格的に悪化しなくて良かった。

しかし、本当の核心はここからだったかもしれない。東京の自宅まで約2時間半、自分で運転して帰らなければいけないのだ。

中央道では、半ば意識は朦朧としていたが、アイサイト搭載車で本当に助かった。

自宅に置いてあった抗原検査キットを使ってみると、予想通り陽性

しばらく寝込んでしまい、体力の低下が心配だったけど、ある意味最高のタイミングで抗体が手に入った。

突然の訃報

出発が迫った8月中旬。Active Mountainの田村さんを紹介してくれた、畑中さんから思いもよらない連絡が入った。

田村さんが、パキスタンの未踏峰に挑戦中、遭難してしまったというのだ。

事前に田村さんからは、8月はパキスタンに遠征するということで、あまり連絡が取れなくなると聞いていた。それがまさか、こんな事になるとは…。

捜索が行われたが、残念ながら発見には至らず、現地当局から死亡が宣言された。

田村さんとは何度もメールでやり取りし、一度電話でもトレーニングなどについてアドバイスをいただいた。現地でお会いできるのを楽しみにしていたので、突然のニュースにはとても驚いたし、とにかく残念な気持ちだった。

現地での対応は、Iさんという方がピンチヒッターを引き受けてくれるとのこと。戸惑いはあったが、予定通りスイスへ向かうことに。

僕とは比べようもないほど、経験豊富な田村さんのような方でも、山での事故は起こり得るということ。身の引き締まる思いだった。

田村さんのご冥福を、心よりお祈りします。

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ABOUT ME
きい
きい
登ったり滑ったりする人
1988年生まれ、愛媛県出身
東京の北西部に住み、週末は専らさらに北や西に出かける
仕事は電機メーカーのエンジニア
クライミング:2021年からリード&外岩を始めて本格的に
スキー:2017年からバックカントリーにハマる
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