マッターホルン挑戦記:試験登山編
この記事は、2023年9月に行った、マッターホルン登山について書いたものです(全4回のシリーズ)。
- 第1回:準備編
- 第2回:試験登山編(本記事)
- 第3回:登頂断念
- 第4回:観光と旅の振り返り
季節外れの大雪
出発を1週間後に控えた9月1日。現地のIさんから連絡があった。
8/28の街まで降った大雪で、マッターホルンは真っ白な冬山になり、現在はガイド登山は行われていません。まだ本番まで10日以上あるので、ずっと天気が続けばマッターホルンガイド登山が再開される可能性はありますが、かなり難しい状況である事は間違いないです。
もしコンディション的にマッターホルン登山ができない場合は、現地でガイドとお客様とも相談して、モンテローザなど他の登山可能な山に変更させてもらうかもしれません。
なんということか…。マッターホルンは4,500m近い標高のため、シーズンど真ん中でも雪が降るのは珍しくないそうだが、ツェルマットの標高は約1,600m。まさか8月に…。
山の上は、かなり積もったと思われる。なんとか融けてくれるといいのだが、こればかりは願うしかない。
出国~ツェルマット到着
2023年9月8日、いよいよ日本を出発。
しかし、台風の接近により、飛行機が飛ぶかどうか怪しい。出発前から天気に振り回される。
とりあえず、車で成田に向かう。首都高はアイサイトが機能しないほどの大雨で、フライトはやや遅れたものの、無事飛んでくれた。
14時間を超えるロングフライトの末、現地時間の19時頃、乗り継ぎ地のウィーンに到着。翌早朝のフライトに備え、予約しておいたトランジットホテルへ直行。
空港隣接のホテルだが、かなり攻めたデザインだった。さすがは芸術の都といったところか。ちなみに奇抜なのはデザインだけで、設備は極めて普通だった。
翌朝、1時間強のフライトでチューリッヒへ。良い天気だ。
Salt.という携帯会社のショップで、プリペイドSIMを購入。滞在期間中、容量無制限でCHF40≒¥6,600。
チューリッヒ空港からツェルマットへは、電車で3時間半ほど。ちなみに、スイスの駅には改札がない。乗っている間に車掌さんが回ってきて、その時チケットを見せる。
途中で一度、乗り継ぎを間違えてしまったけど、なんとかツェルマットに無事到着。駅でIさんが出迎えてくれた。
ホテルで荷解きをした後、Iさんがツェルマットの街を案内してくれた。
そしてついに、マッターホルンとご対面の瞬間。
キタアアアアアアアァァァ!!!
なんとカッコよく、そして美しい姿なのだろう。長時間の移動の疲れも吹き飛んだ。
ちなみに8月末に降った大雪は、その後晴天が続き、無事融けたとのこと。写真中央の稜線が、今回登るヘルンリ稜。その右側は北壁で、夏でも雪を纏っている。
ホテルに戻り、感じたことのない高揚感の中、心地良い眠りについた。
ヘルンリヒュッテ往復
この日は高度順応も兼ねて、マッターホルンの登山ルート上にある、ヘルンリヒュッテまで往復する。本番では、登頂前日にヘルンリヒュッテでガイドと合流するそうだ。
日程としてはゆっくり出発なのだが、朝焼けに染まるマッターホルンを見るため、朝食前にちょっと出かける。
ちなみに、ツェルマットには日本人橋と呼ばれる、有名な撮影スポットがある。日本人観光客に人気で、そう呼ばれるようになったらしい。しかし、実際に行ってみると、実態は中国人橋であった。笑
ヘルンリヒュッテに行くには、シュヴァルツゼー(Schwarzsee)と呼ばれるところまで、まずはゴンドラで向かう。
シュヴァルツゼーの標高は2,583m。ヘルンリ小屋(3,260m)まで約700mの標高差だ。
小屋の近くで、ちょっとした岩場があるものの、登山というよりはハイキングコース。ヘルンリ小屋を目的としたツアーもある。観光目的でツェルマットに行く人も、ハイキングシューズと小さなバックパックがあれば、ヘルンリ小屋までは十分往復可能だ。
出発の数週間前、新型コロナに感染してしまい、久しぶりの長時間歩行。体力が落ちていないか心配だったけど、幸い問題なさそうだ。
順調にヘルンリ小屋(3,260m)へ到着。富士山(3,776m)には登ったことがなく、これまでの最高地点は北岳(3,193m)だったので、人生最高高度を更新。
小屋の裏側に回り、頂上へ向かう取り付きを下見。ちょうどこの日に登った人も下りてくる。「晴れ過ぎて暑かったよ!」と言いながら、疲れの中に満足感が見える。こんな日に登頂できた人は幸せだ。
時差ボケも、高山病の症状もなく、軽い足取りで下山。早くマッターホルンに登りたい気持ちが湧いてくる。
いよいよ明日からは試験登山だ。
試験登山①:リッフェルホルン
マッターホルンに登るためには、試験登山に合格しなければならない。
ガイドは登山客とロープを結び合う。登山客の実力が不十分だと、自らの身を危険に晒すことになる。
この日はリッフェルホルン(Riffelhorn)という山で、岩登りのテストだ。
ゴルナーグラート(Gornergrat)鉄道に乗り、ローテンボーデン(Rotenboden)という駅で下りる。
ローテンボーデンの標高は2,815m。リッフェルホルン(2,927m)の山頂まで、標高差はそれほどないため、体力的には楽そうだ。
途中でロープを結び、アンザイレンで取り付き地点まで下りて行く。アンザイレンで歩くのは初めて。前後の人と、間隔を調整しながら歩くのが難しい。
取り付きに到着。Egg(4b)という6ピッチのルートを登る。恥ずかしながら、マルチピッチも今回が初めてだ。
グレードとか難しいことはわからないけど、見た感じ傾斜は寝てるし、ホールドはたくさんありそう。「楽勝だな」と思ったけど、登ってみると全然楽勝じゃありませんでしたすみません。笑
クライミングシューズでは何でもないようなフットホールドも、アイゼンが取り付けられるアルパインブーツになると、途端に難しくなる。
無事に6ピッチを登り切って山頂へ。1ピッチ目の出だしがかなり難しく、「いきなりこれ!?」と思って不安になったけど、後は基本的にガバだった。
ガイドのヨハンは、「実はあそこが全ピッチ中の核心なんだよw」と、頂上で教えてくれた。笑
頂上に着くと、マッターホルンでも出てくる極太のフィックスロープを攀じ登る練習。かなり腕がパンプする。
帰りはまた慣れないアンザイレンで下山。テスト結果は無事合格で一安心。
それにしても、周りの山に比べると標高は低いものの、景色が素晴らしい山だった。ヨハンも、”great small mountain for climbing training with an awesome view”と言っていた。
試験登山は午前中で終了。時間があったので、午後からゴルナーグラート鉄道の線路沿いをハイキング。
ゴルナーグラート駅(3,089m)まで歩き、ビュッフェスタイルのレストランで昼食。思っていたよりしっかりした登りで、割と良い汗かいた。笑
帰りは鉄道で。今日も素晴らしい一日だった。
試験登山②:ブライトホルン
リッフェルホルンでのクライミング技術テストの翌日は、ブライトホルン(Breithorn)ハーフトラバースでのアイゼン歩行テスト。
標高は一気に上がり、山頂は4,164m。高所への適応能力も試される。
2日前、ヘルンリ小屋(3,260m)で人生最高高度を更新したばかり。多少の不安はあるが、3,883m地点にあるグレイシャーパラダイス(Glacier Paradise)という場所まで、なんとロープウェイ・ゴンドラで行けてしまう。
標高差は300mもない。僕はまたしても思った。「楽勝だな」と。もちろん今回もそんなことはありませんでした。笑
ブライトホルンでは、本番のマッターホルンと同じく、マンツーマンガイド。リッフェルホルンで一緒に登ったヨハンは、ITOさんとロープを結ぶ。
僕のガイドは、オーストリア出身でツェルマット在住のヴォルフィ。ヨハンと同じで手足が長く、ロングヘアーがよく似合う。
まずはトラバースの取り付きに行くため、広い雪原を歩く。時々クレバスが口を開けているが、ヴォルフィは何でもないようにヒョイと跨いで行く。
ロープを繋いではいるものの、クレバスを踏み越える瞬間はやはり緊張する。さらに、標高4,000mにも関わらずかなりのハイペースで息が上がるが、頭痛や吐き気など高山病の症状はない。前日までの、3,000m付近での順応は上手くいっているようだ。
斜度が急になったところでアイゼン装着。万国共通の下ネタやジョークをかましつつ、稜線上に出る。今日の本番はここからで、切れ落ちた稜線上で登り下りを繰り返しながら山頂を目指す。
岩と雪・氷のミックスを時にはアイゼン、また時にはアイゼンなしで歩く。アイゼンを履いた状態だと岩の上で不安定になり、アイゼンなしだと凍った雪の上がめちゃくちゃ恐ろしい。
自分の実力ではまず来れない場所だが、ガイドと一緒なら登れてしまう。ガイドの力は偉大だ。
途中から吹雪いてきて寒かったが、幸い雨にはならなかった。こんな場所で、岩が濡れていたらと思うと、考えただけでも怖ろしい。
岩場が終わり、緩やかな雪の尾根をしばらく歩いたところで、突然ヴォルフィが右手を差し出す。なんの標識も十字架もないが、ここがブライトホルン(4,164m)の山頂らしい。
ツェルマットに来て、初めて天候が崩れたが、この日のテストでも太鼓判を押してもらい一安心。これでようやく、マッターホルンへの挑戦権を得られた。
リッフェルホルンとブライトホルンでの試験登山は行動時間こそ短いものの、本番のマッターホルンと比較しても、技術的難易度は同等以上らしい。
本番は高所での長時間行動となり、標高差も約1,200mと体力勝負になる。少なくとも、元気な状態でそれなりの登攀ができなければ、疲れた状態では危険だと判断されるのだろう。
試験登山は思っていた以上に難しかったが、恐らく客観的に見ても危なっかしい場面はなく、本番に向けて自信がついた。特に、初めての4,000mを超える標高でも、問題なく行動できたことが大きい。
あとは本番で頑張るだけだ。